「えっ!?まだ御社では、ITの運用や開発に人を抱えているんですか?」
そんな会話が当たり前になる時代が目前に迫っている。
日本IBMが、1000人のリストラを行っているとのニュースを聞いて、一体どういうことになっているのだろうかとちょっと考えてみた。世界中のIBMで唯一日本IBMだけが大幅な減収減益となっているのだが、その結果としてのリストラである。たぶん、ふたつの事情が重なっているのではないかと思う。
まず第一は、ハードウェア・ビジネスからサービス・ビジネスへうまく展開できなかったことが考えられる。
ご存じのように日本IBMは、90年代前半、ハードウエア・ビジネスからサービス・ビジネスへと大きく舵を切り替えた。その目玉となったのがSI(システム・インテグレーション)ビジネスである。
SIは、お客様自身のシステムの開発を請け負うことであり、それを運用するシステムは、お客様が購入する。つまり、ハード付きのシステム開発請負業務であり、完全なサービス・ビジネスへの転換とは言い難い側面がある。契約上は、ハードと開発請負を分ける場合もあるが、両者は不可分な関係にあった。これは、そこそこうまくいった。
その後IBMは、全世界的にSO(ストラテジック・アウトソーシング)やBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)など、ハードウエア・ビジネスには依存しない本来のサービス・ビジネスへ軸足を移しはじめる。日本は、その動きにうまく乗ることができなかった。たぶんその背景には、日本の雇用の形態や「システムが自分の手元になければ安心できない」という、米国流のビジネス合理性とは相矛盾する社会文化的側面があるように思う。
もうひとつは、SMB(小規模、中規模の顧客向けビジネス)の伸び悩み。
ご存じのように、日本IBMは、昔から大手のお客様に強かった。一方で、中小の企業は、国産各社が圧倒的なシェアを持っていた。そんな棲み分けができていた。
その後、システムの世界は、ダウンサイジングとデファクトスタンダードの時代となり、メーカー間の垣根は取り払われ、大手企業も中小企業も同じ製品を使う。つまり、製品の違いはなくなり、それを拠(よりどころ)とした差別化が難しくなった。
また、ソフトウェアもパッケージ・ベースが常識となる。IBMは独自のアプリケーション・パッケージから手を引き、プラットフォーム・メーカーへと転換を図る。IBMもそれ以外のITベンダーも同じ商品を扱うようになったのである。
つまり、「大手企業には圧倒的に強いIBM」という根拠が無くなり、その構図が崩れたと言える。見方を変えれば、大手もSMBも、同じ商品でビジネス展開が可能となった。もともと中小型でもシェアを持っていたアメリカやその他の地域のIBMは、このような市場構造の変化にも柔軟に対応し、SMB市場でも確実に地歩を築くことがてぎた。
しかし、日本では事情が違っていた。SMB分野は、国産各社が強力な地盤を持っている。むしろ国産各社にとっては、敷居の高かった大手企業への参入のチャンスが広がったのである。
オフコンからPCサーバーの時代になり、HPやデルの台頭と相まって、SMB市場での競合は、ますます厳しさを増している。そんな、読み違えもあったのではないかと思う。
「日本マーケットの特殊事情など関係ない。そんなものは、売れないことに対する逃げ口上」。米国系IT企業のマーケティング担当者が、日本に参入するときにそんなことをよく言っている。米国のスタンダードが世界のスタンダード、日本も同じはずという思いこみが強い。それで失敗し、日本から撤退する企業も少なくない。
ハードウェアの時代であれば、製品の機能、性能が重要であり、その製品に対するサポート力で競合優位を築くことができた。ハードウェアは、システムの基盤であり、お客様が求める価値の内外格差も少ない。
しかし、時代はサービスを求めている。サービスは、お客様ごとの個別の事情に対応できてこそ、価値を認めていだくことができる。そこには、機能や性能だけではない、習慣や社会文化と言った各国個別の事情が大きな影響を持つようになる。
つまり、日本ならではのサービス商品とは何か。それを提供できる自由な発想と、組織としての柔軟性が必要になる。
今の日本IBMは、その点で苦労しているようだ。
ITビジネスの当面のトレンドは、SOやBPO、そして、ASPやSaaSなどの本来のサービス・ビジネスとなるだろう。これは、見方を変えれば、SIerやIT機器ベンダー「中抜き」時代の到来を意味する。
「えっ!?まだ御社では、ITの運用や開発の受託や請負をやっているんですか?」
この現実に目を背けていると、いずれは取り残されてしまう。その時まで、もうあまり時間はない。
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