2008年12月21日日曜日

自分を鍛える道場

 現役で営業をしていた頃の年末は、尋常ではなかった。

 IBMは、12月決算なのだが、担当するお客様のほとんどは、3月決算。この時間差がほんとうに忌々しかった。

 当時は、大型汎用機の売り上げがノルマ達成の絶対条件だった。SIのような請負は少なく、年末の数字を達成させるためには、何としてでも大型汎用機の契約を受領し、年末までに導入作業を完了しなければならない。

 当時の営業にとって、最大のモチベーションは、与えられたノルマを達成し、HPC(Hundred Percent Club)の資格を得ることだった。もちろんコミッションも入るわけだが、HPCは、普通の営業であることの証明であり、誰もがHPCの資格を得ることを目標に、必死で働いていた。年末は、その達成期日であり、何としてでも結果を出さなければならない。そんな思いで、徹夜や休日出勤など厭わず、お客様と会社を往復する毎日を過ごしていた。

 お客様にしてみれば、「また、恒例の年度末の押し売りか・・・」と渋い顔だが、そこは心得たもので、この時期だからこそ好条件を引き出せるという打算もあり、お互い分かった上での交渉が繰り返される。
 
 仕事は、普段の倍以上のスピードで動いていたように思う。午前中の打ち合わせ、午後にはお客様との交渉、それを社内に持ち帰って関連部門と再び相談、提出資料を作り直したり、社内手続きのための書類を作成したりしていると、深夜になるのは当たり前で、早朝までかかってしまうこともしばしばだった。

 箱崎のオフィース近くにカプセルホテルがあった。そこで数時間仮眠して、シャワーを浴びる。再び出社して、また仕事である。

 年末は、そんな毎日が当たり前のように繰り返されていた。

 今思うと、なんと非効率で要領の悪いことをしていたのかと苦笑いせざるを得ない。ただ、何としてでもノルマは達成するという決意だけはしっかりと持っていた。それが当たり前という雰囲気を、営業だけではなく、SEも、カスタマーエンジニアも、業務部門の人間も、社内のすべてが共有していた。その旗振りは、担当営業である自分自身であるという自覚。モチベーションは、極めて高かったと思う。

 会社のためではなく、しぶしぶであろうが何であろうが、ノルマを受け入れた以上は、それはもう自分自身への約束である。それが達成できないとなると、自分で自分の負けを認めることになる、そんなことは、絶対にしたくない。そんな思いが、気持ちを突き動かしていた。

 こんな雰囲気の中で、コミットメント(必達目標)の意味、そして何としてでも目的を達成してやるぞという気力の大切さを学んだことは確かだろう。

 無事数字を達成し、正月を迎えると必ずと言っていいほど、高熱で寝込んでしまう。年末までは、風邪もひかず、徹夜にも耐えてきた身体が悲鳴を上げて、「休息せよ」の強制命令を発する。自己調整機能が働くのだろうか、高熱に苦しみながら一日二日寝込んだ後は、実にすっきりする。人間の身体とは、うまくできている。

 こんな話は、過去の栄光であり、自己満足に過ぎない。同じようなことをする必要など無いだろうし、もうそんなことが許される時代ではないだろう。

 事実、私が「ソリューション営業プロフェッショナル養成講座」を始めたのも、こんな非科学的で非効率な仕事のやり方ではなく、「営業をエンジニアリング」ととらえ、論理的に、かつ効果的に行う方法を伝えたかったからに他ならない。がむしゃらに突き進むのではなく、効果的に仕事をこなしてゆくこと。そのことの大切さを伝えると共に、それが出来るという自信を持ってもらいたい。そんな思いが、この研修には込められている。

 今振り返れば、現役の自分には、そんな知恵などみじんもなかった。講師として偉そうなことを言っているが、こんな恥ずかしい過去もあったことを告白しなければならない。その罪滅ぼしというわけではないが、皆さんには、この二の舞を踏んでいただきたくないと思っている。

 ただ、必達の決意、それは会社のためではなく、自分のためであるということ。それに向かう気力や情熱。この両者は、たとえ知恵があったとしても必要なことである。そのことまで、否定するつもりはない。

 営業として成長すると言うことは、売り上げを上げられる優秀な営業になることやマネージメントとして出世することではない。
 営業という仕事を通して、ひとりの人間として、自分に課したチャレンジを達成できる知恵を身につけ気力を養うことだろうと思う。研修でお伝えする内容は、自分で知恵を育むきっかけであり、仕事をするための道具であり、スキルである。それを自分自身の成長に供するためには、意志の力も併せて学ばなければ、自分の人間力を育てることは出来ない。営業としての数字や昇進は、そんな人間力の結果であり、ひとつの表現の方法に過ぎない。

 私にとって、年末とは、自分を鍛える道場だったのかも知れない。

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