2008年12月14日日曜日

壁の向こうの声を聞く その1

 もう何年も前の話だが、年末も近づき、クライアントであるベンチャー企業の社長とともに、その会社の製品を取り扱ってくれているITベンダーの営業本部長を訪ねたことがあった。目的は、もっと売ってくれとのお願いである。

 お願いの結果がどうなったか・・・

 その話をする前に、このお願いに至る経緯について話をしよう。

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 このベンチャー企業は、ある有名私立大学の研究者が発明した技術を使って、3年の歳月をかけて開発したソフトウェア・パッケージだ。その年の春にやっとの思いで製品化に漕ぎ着けたもものであった。

 販売を引き受けてくれたITベンダーは、早くからこの技術に着目し、製品として販売するためのアドバイスや仕様作り、研究委託や出資などの金銭的なことも含めて支援を行ってくれていた。

 この社長は、自らも博士号を持つ大手製造メーカーの技術部門長だったのだが、大手企業での管理者としての経験を買われ、このベンチャーに出資するファンドが社長として招聘した方だった。

 当初は、2年以内に製品化を予定していたが、「もっと技術としての完成度を上げたい」との社長の意向もあり、具体的な仕様がなかなか定まらず、製品化が大幅にずれ込んでしまった。

 売る側のITベンダーとしては、機能を増やすよりも、基本的な機能が確実に動き、バグのない製品としての完成度を求めていたのだが、技術者魂の社長としては、納得がいかない。ITベンダーの声に耳を貸さず、とにかく機能を追求した。

 そんなこともあって、1年遅れのリリースとなったが、社長としては満足な製品ができたと至って満足だった。

 出資者であるファウンドからは、「製品ができた以上は、ITベンダーに任せっきりにするのではなく、販売チャネルの開拓やマーケティング活動を自分で行うように」と求められていたが、「自分たちは開発会社であり、売るのは自分たちの役割ではない。ITベンダーがやるべきであって、技術的な支援はするが、売ることは任せる」との考えを崩すことはなかった。

 私は、そんな状況を見かねたあるファンドの関係者から相談を受け、この会社を手伝うことになった。

 まずは、自分たちの製品を紹介するわかりやすい資料を作ろうと、私は提案した。技術や機能、仕様などを紹介する説明資料はあるのだが、「こんなにすごいんです!」「すばらしい機能が盛りだくさん!」という自慢話のような内容である。一体お客様のベネフィットは、どこにあるのかよく分からない。

 「こんなにいいものをつくりました。どう使えるかは、自分で考えてください。」と言わんばかりの内容である。これでは、売るに売れない。

 「まずは、私がまとめますから、内容についてアドバイスしてください。」とお願いし作り始めた。販売してくれるITベンダーとも相談し、この製品のセールス・ポイントを絞り込み、「こんなに効果が出ます。」という製品説明のためのプレゼンテーションを完成させた。

 これを見た社長曰く、「これじゃあ、うちの製品がどれほど豊富な機能があるのか、よく分からない。これでは、使えない。」とのことである。

 「お客様は、機能の豊富さなど求めていませんよ。自分たちにどのように役立つか、どれだけコストが削減できるかを知りたいのです。それを先ず伝えなければ、興味も示してもらえませんよ。」

 社長は、それでも納得できない様子。それではと言うことで、「お客様に興味を持って頂くためのこの資料とは別に、“製品機能編”ということで、製品の機能を詳細に説明した資料を作りましょう」と提案した。

 社長は渋々納得したが、「それは、売るところのベンダーが作ればいいのであって、何でうちが作らなきゃならないのか・・・」とまだ不満のようであった。

 こんなこともあった。

 「新しい考え方の製品です。その価値を分かってくれている人は限られています。まずは、トライアルとしてしばらく無償で使っていだくか、機能を制限して安く購入していだくようにして、価値を認めて頂く人たちの裾野を広げましょう。そうやってきっかけつくり、ニーズを喚起しないと、大きな需要は期待できません。」

 社長曰く、「これだけ機能があるわけだから安く売るなどとんでもない。価値を分かってくれるところが買ってくれればいい。興味がないところに売る必要などない。開発費も相当投じているんだから、安売りして、製品の価値を貶めたくない」とのこと。これには参った。

 結局のところ、そのITベンダーも及び腰になり、営業現場の販促もなかなかはかどらない。そんな様子を見て、この社長は、「いったい彼らはどういうつもりなんだ。ちゃんと仕事をしているのだろうか。」と言い出す始末である。

 じゃあと言うことで、この社長はかつてのつてで、別のシステム・ベンダーに「うちの製品を扱ってくれているITベンダーが全然ダメなんで、あなたのところで扱ってはもらえないだろうか。」と話を持ちかけた。
 話を持ちかけられた会社も義理は欠けない。協力しましょうと言うことにはなったが、「まずは製品の理解と評価を行わなければ、責任は持てない、時間がほしい」とのこと。彼にしてみれば、直ぐに売ってくれるものと信じていたようだが、その目論見もかなわなかった。

 製品を出荷してからの最初の株主総会では、どうなっているのかと出資者から突き上げられ、いろいろと説明はしたものの、「自分たちでも積極的に売り込み活動をしてください。」と言うことになり、さすがの社長も策を講じなければならなくなった。

 そこで社長は・・・ 【次回へ続く】

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