2009年1月11日日曜日

営業の品格

 「システム構成と費用に関し、提案をまとめていただけませんか?」

 ある製造業のIT部門長A氏に頼まれて、CADシステムを扱うベンダーの営業にそんなお願いをした。このベンダーの親会社が、私が依頼を受けた製造業のお客様であるということもあり、まずはここに話をしてくれとのことであった。

 A氏は、事務方で、生産管理や購買などは分かるが、エンジニアリング系には疎いとのこと。たまたま、私がIBM営業時代、エンジニアリング系システムの販売もしていたので、システム構成や社内への展開方法について相談され、手伝うことになった。

 早速、このベンダーの担当営業に、業務の内容を一通り話し、提案を依頼した。

 一週間ほどして、担当営業が提案と称して、説明にやってきた。彼は、「XXX様 御中/XXXシステムのご提案」と表紙に書かれた資料を差し出した。表紙を見て、「あっ、これは・・・」と不吉な予感が・・・。宛先とタイトルの文字フォントが違うのである。

 私は、その資料の表紙をめくり唖然とした。まさに予感は的中した。そして、彼は蕩々と説明を始めたのである。

 彼がまず最初に説明したのは、「見積書のようなもの」である。なぜ「ようなもの」かといえば、彼が提示した資料は、必要と思われる構成と費用をエクセルで計算したのだろうが、罫線さえなく、ワークシートをそのまま印刷されたものだったからである。しかも、よく見ると文字フォントがソフトウェアとハードウェアで違っている。どうも、ソースの違う元データをコピーしてきて、そのまま貼り付けたためにそんなことになったのだろう。しかも、プログラム・モジュールやハードウェアの各フィーチャーの英語名称が、エクセルのフィールドの幅が足りなかったためか、途中でとぎれている。

 資料の解りにくさもさることながら、見た目の汚さに驚くと共に、よくもこんな資料を平気でお客様に説明できるものだと、その無神経さに腹が立った。また、そもそも、なぜ最初にシステム構成や見積もりの説明を始めるのだろうか。その感覚も非常識きわまりない。

 「申し訳ありませんが、システムの機能や運用のフローについて、まずはご説明いただけないでしょうか?」

 心を落ち着け、大人として振る舞った。彼は、はっ?とした顔で、話を途中で遮られたことに不満の表情を一瞬浮かべつつもページをめくった。

 次もまた、驚くべき資料だった。メーカーが用意した資料なのだろう、各モジュールの説明が書かれているのだが、今回の構成に入れていないモジュールの説明まで書かれている。しかも業務フローについては、標準的な資料そのままで、こちらが説明した言葉や業務内容について一切ふれていない。しかも、ハードウェアについては、これもまた別の資料なのだろう、フォントもタイトルの付け方も前のページと全く違う。また、所々に差し込まれた、お客様の設置場所の名称もまた本文とは違うフォントをつかっている。何も考えず、資料を使い回していることは、明らかだ。

 「先日、やりたいことを説明させて頂きましたが、各モジュールとどのように対応しているのでしょうか?これでは、なぜそれぞれのモジュールが必要なのかよくわからないのですが・・・」

 彼曰く、それは、各モジュールの機能説明を見れば、どう対応しているかは、解るはずだという。なぜそんなことも解らないのかと言わんばかりだ。後日、別のベンダーに改めて提案を求めたのは、言うまでもない。

 これはもう、営業スキル以前の話である。営業の品格の問題である

 聞くところによると、この営業さんは、以前そのベンダーの親会社の技術部門で、CADの運用を担当していたそうである。最近この会社の営業になったばかりとのことで、確かに、説明も不慣れで、たどたどしさは感じたが、だからといっていってこんな仕事をしていいはずがない。

 そもそも、彼の上司は何をしていたのだろうか。不慣れなら不慣れなりに、彼をサポートし、資料確認してしかるべきだろうと思うのだが、そんな当たり前のことさえ出来ていない。これはもう、彼個人の問題と言うよりも、会社としての品格の問題と考えざるを得ない。

 「魅力的な提案書の作り方」研修で、受講者から「自分は、絵心が無くて・・・」、「美的なセンスがないんですよ・・・」というような話をされる方がいる。

 確かに美的センスは、あった方がいいに決まっているが、それはあまり本質的な問題ではない。資料を見る相手にとって、解りやすく、確実に意図が通じるかどうかの心配りさえ出来てれば、自然と資料というものは、整然としたものになる。それに多少のテクニックが加われば、ますます魅力的な資料になる。

 大切なことは、相手への思いやりであり、想像力だろう。自分が、お客様であったとすれば、何が聞きたいのと思うだろうか。どういう資料であれば解りやすいのだろう。どうすれば、見積金額の妥当性が判断できるのだろう。そんな当たり前を想像することが、基本だろうと思う。これは、なにも営業であるかどうかの問題ではない。仕事人としての常識だと思う。

 資料を使い回すことも効率を考えれば、とがめられるべきことではない。しかし、前後の整合性やお客様にあわせて、取捨選択して使うべきは当然のことである。また、フォントを揃えるなどと言うことは、テクニックの部類であり、中身さえ良ければ、まだ許せる範疇だ。しかし、こちらが聞きたいことを伝えようとせず、解らないのはあんたの勉強不足だといわんばかりの不遜な態度こそ、営業の品格の欠如である。

 ところで、このシステム・ベンダーは、ある大手自動車メーカーからの売上げに大半を頼っていた。しかし、この不況で新規受注がストップし、相当苦労されているとのことである。 
 一方、私のお手伝いさせていただいた製造業であるが、小さいながらも特別なノウハウを持ち、一時期ほどの急激な伸びはないものの確実に売上げをのばしている。それに併せて、CADシステムもどんどん増設し、開発力のいっそうの強化に努めている。

 最終的に2番目に提案してくれたベンダーを採用したのだが、かれらは景気好調の折に、物品だけではなく、ストック・サービスも確実に増やし、厳しいながらも売上げを維持しているとのことである。

↓只今のランキング↓
にほんブログ村 経営ブログ 営業へ

0 件のコメント: