「失敗の本質」を読まれたことはいらっしゃいますか。この本は、1984年の初版後、今でも版を重ねているロングセラーだ。余談だが、この本の共著者のひとりに、後に知識経営、暗黙知や形式知といった言葉の生みの親としても世界的に名前が知られることになる野中郁次郎氏の名前がある。
さて、この本は、第二次世界大戦における日本軍の作戦について、その失敗を社会科学的に分析したものである。その分析を読むほどに、今の日本の社会や政治、そして多くの企業持つ精神構造が、戦後60年を経た今でも何も変わっていないことを痛感させられる。
この本を初めて読んだのは、多分出版されて間もない頃だったのではないかと思う。その後、ふと思い立ってはまた読み返すといった具合で、もう何回も読んでいるが、そのたびに新たな気づきが与えられる。
この本の中で、日本軍の作戦失敗の多くは「戦略的合理性より情緒的な人間関係を優先」させたことにあると述べられている。
たとえば、「いまこちらに兵力を集中すべきだが、そうするとこちらの指揮官の立場が無くなる。仕方がないので、兵力を分散して両方に振り分けよう」、「ここで撤退となる、いままでやってきたあいつの顔が立たない」というように、本来徹底した合理性を追求すべき軍隊組織が、官僚化した組織内の力関係や人間関係を気遣い、作戦に勝利するためにはどうあるべきかといった戦略的合理性を軽視したことに原因があると指摘している。
戦略的価値の高さから、こちらに全勢力を集中し、こちらは今は撤退すべきときでも、撤退を指示された指揮官の面目がつぶれるという理由から、この判断が退けられていたのである。
このような情緒的側面を正当化するために、あえて事実を軽視し、事実に基づく議論をおこなわず、中枢の作戦参謀が策定した作戦に都合の悪い議論を徹底して排除するといったことまで行っていたのである。
また、作戦に失敗はあり得ず、失敗した場合を想定したコンティンジェンシー・プラン(代替対策)を用意しないことや、作戦を遂行する上で不可欠な兵站(物資を補給するルートや体制)を無視し、前線にいる兵士に「必勝の精神で戦うこと」を強要し、合理的に考えれば不可能と考えられる行動を強いるような作戦命令が出されていた。
また、何のための戦いか、つまり明確な作戦目的を曖昧なままに、どうにでも解釈できるような文書で命令が下されていた。組織にはその雰囲気を察することが求められていた。当然それぞれの組織では、自分たちの都合のいいように解釈され、組織全体として意志や目的の統一が、はかられなかったのである。
このような官僚的かつ情緒的な組織の運営も、平和で余裕のあるときには、大きな問題にもならず、ことの本質が顕在化しにくい。しかし、戦争という、しかも、敵が圧倒的に有利な状況にある、危機的状況の中にあって、戦略的合理性の欠場は、致命的な事態を招くことになる。
日本軍の失敗は、この危機感の欠如と硬直した組織的精神構造にあったとこの本では指摘している。
このような失敗を教訓として、失敗をしないためには、不断の「自己革新」を行うことができる組織運営の必要性を訴えている。具体的には、
- 「不均衡の創造」常に変化する状況に適応できる緊張感を維持する必要があること。
- 「自律性の確保」ひとつひとつの組織が自ら判断し、機敏に適応すること。
- 「創造的な破壊」既存の方法論に固執せず、常に今のやり方を破壊してでも、より合理的な方法を見いだし、採用手ゆくこと。
- 「異端や偶然との共存」異端や異論を排除せず、戦略的合理性に基づいて、判断すること。
- 「知識の淘汰と蓄積」個人や組織の持つ知識や常識を常に見直し、古いものにこだわらず、より価値のあるものを選択すること。
- 「統合的価値の共有」組織全体の意志や目的を組織の末端まで徹底させ、組織全体としての方向を統一すること。
と述べている。
改めて、この本を見直すとき、今の時代をどう生き抜くべきかの示唆を与えられる。先人の失敗の轍を踏まないためにも、あらためてこのような古典的名著にふれることも、いいことかもしれない。
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