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2009年4月17日金曜日

「継続は力なり」を実感する

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4月27日(月) 昼の部に加え、夜の部(18:00-20:00)を追加しました。
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 二ヵ月半ぶりに走り始めた。レースでのベストタイムを狙って、少々過激な練習が祟ったのか、左の足底筋膜炎を患い、普通に歩くことさえ痛かった。それに寒い時期が重なり、仕事でもいろいろとあった。そんなもろもろの掛け算が、走る意欲を減退させてしまった。

 図らずもランニングは、気持ちのスポーツだということを実感した。別にオリンピックを目指しているわけでもなく、回りから期待されているわけでもない。ただ、自分を鍛え、目標とするタイムを達成したいという気持ちだけが、自分を走らせている。その気持ちが萎えてしまっては、走ることはできない。

 改めて考えてみると、仕事の調子がよく、忙しいときほど、練習やレースに精を出していた。忙しいときは忙しいなりに練習内容を工夫して、効率よく成果を挙げられるようにしていた。しかし、モチベーションが下がっているときは、頭も回らなければ、走ろうという気持ちにさえならない。

 そんなこんなしているうちに、このレース・シーズンを逃してしまった。惜しくはない。ただ、何をしていたんだろうと後悔が残る。

 季節は春になった。桜があっという間に咲いては散り、気がつけは新緑が力強く芽吹いている。改めて、日本という国の季節に感動する。この季節のに、少し元気をもらった。

 そして、気がつけば、我がパートナー女史が、私も含め5月17日(日)に開催される「星の郷 八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン」の42Kmの部にエントリーしているではないか。これは、練習しなければ、生きては帰ってこれない。

 所詮42Kmである。フルマラソンと同じ距離。と言い聞かせては見たものの、標高1000mの野辺山から2000mの最高点まで、アップダウンを繰り返しながら駆け上がり、さらに急勾配を駆け下りる過酷なレース。去年は、前日の暴飲暴食がたたり、レース中の度重なるネイチャーコールに苦労しながら、見事彼女に惨敗。そんな苦い経験のあるレースだ。

 厳しいコースだが、八ヶ岳の清涼な大自然は実に美しく、すがすがしい。まるで日本ではないかのような透明な空気に、気持ちが洗われる。

 そんなレースが待ち構えている以上は、練習を再開するしかない。

 ということで、再開初回にと選んだコースは、足柄峠の往復26Km。御殿場線山北駅をスタートして、だらだらとした上り坂を9Kmほど進む。苦しいながらも「意外と走れるじゃないか」と思ったのもつかの間、最高斜度15%という壁のような4キロの坂道で精根尽き果ててしまった。

 しかし、上ってきた以上は、帰るしか手はない。この休養で溜め込んだ体重を最大限に活用しての急勾配を落下するように駆け下りる。しかし、それとて5Kmが関の山で、後が続かない。いつもなら、この勢いで、一気にゴールを目指すのだが、今回はその気力がまったくわかない。足ががたがたになり、前へ進むことができない。

 へたり込んでいる私を横目に同行した彼女は、「がんばって!」のさわやかな掛け声とともに、駆け抜けていってしまった。そして、練習仲間の女性たちにも置いてきぼりにされながら、がたがたになりながらやっとの思いでスタート地点に戻ることができた。恥ずかしながらの生還である。

 筋肉の衰えは、思いの外。普段なら心地よい筋肉痛となるところだが、今回ばかりはそうは行かない。翌日、翌々日と歩くことさえままならないほどの激痛に苦しむことになった。

 そんな激痛を少しでも和らげようと、走った皇居の周回も以前のような軽快さはない。しかし、走ることができたという事実は、今の私にとっては、大きな喜びである。

 継続は力なり。改めてそう思う。気持ちはすぐに切り替えられても、体はそうは行かない。改めて、この現実を思い知らされた。

 振り返れば、自分の仕事についてもである。継続は力なり。起伏あれども、自分の追及しているもの見失わず、工夫し、創造し、質を高めてゆくことを本当にしているだろうかと。

 ふとそんなことに思いをめぐらしていたら、こんなことを書いてみたくなった。

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2008年11月17日月曜日

感動には、素人もプロもない/東京国際女子マラソン

 昨日[2009年11月16日(日)]は、東京国際女子マラソンの応援に出かけた。30回目を迎えるこの大会も今年が最後。来年からは、横浜に会場を移して新たなスタートを切る。

 この大会は、誰でも出られるわけではない。もちろん「女性」であることは当然として、過去2年の間でフルマラソンの公式大会で、3時間30分以内でゴールしていることが条件となる。そのため、参加者は1000名足らずの少数精鋭揃い。

 12時10分のスタートを見ようと国立競技場へ向かう。気温15度、小雨、湿度90%。ランナーには決して悪くないコンディションだが、応援にはちよっとつらい天気となった。

 高橋尚子、野口みずきが、過去好記録で優勝している大会である。今年は、渋井陽子に期待が集まっていたが、その期待通りの好調なスタートだった。
 友人達は、市民ランナーと言えども決して遅い連中ではない。中には、サブ3(3時間切り)を狙っている者もいる。しかし、オリンピックを狙うトップランナーと比べると、申し訳ないが「なんとゆっくりなんだろう」と思ってしまう。

 まあ、トップアスリートたちの戦いについては、私が言及するまでもないだろうから、友人達の話をする。

 マラソンの楽しみは、何かとよく聞かれるが、我々市民ランナーにとっては、やはり自己ベスト更新の醍醐味だろうと思う。
 誰と戦うわけではない。自分との戦いだ。そのために日々練習して身体をつくる。週末の山練習もこなし、気持ちも追い込んでゆく。しかし、その成果が本番に出せるという保証はない。その日の天候や体調、コースの状況など、レースの度に違ってくる。そんな厳しさのなかで、レース当日のコンディションをベストの状態にすることは、容易なことではない。「レース展開をどうするか」といった知力の戦いも死命を制す。彼女たちは、そんな準備を重ねて、この大会に臨んでいる。

 国立競技場を快調に周回する彼女たち、その勢いを保ちながら千駄ヶ谷門をどびだしていった。きっとやってくれるよな!と熱い思いがこみ上げてくる。
 
 私たちも早速会場を出て、北品川に向かう。ここは、往路16kmと復路26Kmの通過点となっている。

 往路16Km。完全独走で先頭を行く渋井を見送り、はるか遅れて友人達が通過する。精一杯の大声で「ガンバレー!」と声をかける。みんなまだ余裕の笑顔で応えてくれた。
 しかし、26Kmの戻りでは、そろそろ明暗が分かれてきた。快調に飛ばす者、汗を一杯かき、苦しさをこらえながら走る者。足を引きづりながらスピードが出せず苦しんでいる者。言葉では「ガンバレー!」としかか言えない。歯がゆい思いが残る。

 走り続ける彼女たちを見送り、再び国立競技場へ。既にトップグループはゴールした後だった。なんと独走を維持していた渋井が4位。あんなに遅れて走っていた尾崎が優勝とは、本当にレースは分からないものだと思った。それがまた楽しくもある。

 続々、ランナーが還ってくる。しかし、サブ3を狙う彼女がついに時間には現れなかった。残念。しかし、その悔しさを感じさせない笑顔のゴールに感動した。厳しい練習を重ねてきた彼女を知っているだけに嬉しかった。

 多くのランナーに混じり、友人達が周回コースに入ってくる。最後の一秒を縮めたい。その必至の思いでスパートする彼女は、ゴールした瞬間に倒れ込んでしまった。担架に乗せられるものの起きあがり、なんとか歩き出した。声をかけると涙を滲ませ、自己ベストを更新できなかった悔しさを語ってくれた。よく頑張ったと手が痛くなるまで拍手で応えた。熱い思いがこみ上げてくる。

 26Kmまでは快調に飛ばしていた別の彼女。競技場に入ってきた時には、まったく勢いが無くなっていた。しかし、ゴール直前に背筋を伸ばし、気力でゴールを切る。「お疲れ様」という声がのどに詰まる。

 悲喜こもごもである。自分が走るのとはまた違う感動があった。

 所詮素人の趣味に過ぎない。その通りかもしれない。しかし、感動には、素人もプロもない。人間の一生懸命は、本当にすばらしいと思う。

 改めて、自分もレースに出たいという思いを強くした。

2008年10月27日月曜日

年甲斐もなく「一日二山」に挑戦

 10月26日(日)、パートナー女史と娘は、久米島マラソンに!19歳になる娘にとっては、初のフルマラソンへの挑戦。

 「負けてはいられない」と言うことで、私もこの日は「一日二山」に挑戦した。

 早朝6:00に我が家を出発。川崎インターから大井松田を出て、神奈川県山北町の「さくらの湯」に到着したのは7:30。今日は、ランニングの練習会で9:45集合となっていたが、みんなが来る前に一山走っておこうと早々に到着した。来てみると、中山さんが既に走り出す準備を整えていた。彼もまた、みんなが来る前に一山走っておこうとのこと・・・お馬鹿である。

 彼は万葉公園へ、私は大野山牧場を目指して出発した。この後の練習会でもう一山走ることを考えて抑え気味のスタート。しかし、走り出して温まってくると身体が軽くなる。いつの間にか、自己ベスト!なんて言葉がよぎる。そんなはやる気持ちを抑えながらも、気が付けば結構いいタイムで登り切った。標高200mから750mの山頂へ、およそ9Kmの一本調子の登り。50分はまあまあと言ったところ。
 
 山頂からから再び「さくらの湯」駐車場まで一気に駆け下りる。下りは恐怖心との戦い。重力に逆らわず全体重を足に預ける。どんどん加速がつく。平地では絶対に出せないスピードに、自分が自分ではないような快感を楽しむことができる。そんな快感に浸っているうちに駐車場に到着した。下り9Kmを30分。平均すれば、1kmを3分20秒で走ったことになる。フルマラソンに換算すれば2時間20分。レースが下りだけならなんといいだろうと思うのだが、世の中は、そんなに甘くはない。

 駐車場に到着すると、練習会参加者が集まりはじめていた。それぞれにレースに備えて目標を持ち、自分を鍛えること、チャレンジすることを楽しんでいる。

 この集団の半分以上は女性たち。みんなおしゃれにも抜かりがない。ばっちり決めている。
 高い向上心を持ち活き活きとしている彼女たち。独身女性も多い。このかっこよさに引いてしまう男達も少ないはないだろう。そんなすてきなオーラを感じるとともに、彼女たちに「ほどほどにね!」と云いたくなるのは、おじさんの余計なお節介であろうか。

 そんな集団と再び走り出す。次なる目標は、標高750mの万葉公園への13km。最初、緩やかな登りが続くが、ゴール手前4kmあたりから斜度10~15%の急勾配。そこを駆け上がるのだが、いつものように足が前に出ない。歩くほどのペースで何とか万葉公園に着くが、もう限界だ!しかし、再び13Kmを駆け下りなければならない。考えただけでもうんざりする。いつもとはまったく違う消耗感に、無謀なことをしてしまったと心から反省した。

 いつものような下りの軽快さはない。加速感がない。途中勾配が緩やかになると、地獄である。歩きたくなる。いつもなら、2時間10分ほどで往復できるコースも、この日は2時間30分を切ることができなかった。情けない。
 くたくたになった足を引きづりながら温泉でMy塩でざらざらした身体を洗い流す。後は、冷たいビール・・・と行きたいところだが、車なのでそういうわけにはゆかない。ランナーらしく豆乳でのどを潤し、楽しみはお預けとした。

 本日の走行距離、44Km。そこそこ走った。しかし、まだまだ修行が足りないようだ。秋の深まりを楽しみつつ、そんな課題を再確認する休日だった。

 そうそう、パートナー女史と娘は、久米島マラソン、無事完走。最高気温30度の中を最後まで走り抜いたようだ。おめでとう!

2008年10月8日水曜日

ドイツパンの時間、山崎パンの時間 

 ベルリンの中心部、あのシロクマ「クヌート」のいるベルリン動物園のすぐそばにある"Hotel am Zoo"に宿を取りました。1920年代に立てられた古い建物ですが、現代アートで仕立てられた内装は、とても洒落た雰囲気です。
 堅牢な造りは、90年近い時代を経てもしっかりと仕事をしています。古いものを大切にし、それを新しい時代に合わせて活かし続ける。そんなドイツの国民性を感じさせてくれます。

 滞在期間中の朝食は、毎日ホテルのレストラン。普段は、コンビニのおにぎり程度で軽くすましている朝食もこの期間だけはフルコースでした。

 小さなレストランですが、テーブルには白いクロスがかけられ、落ち着いた雰囲気。食事の会話もみんな静かで、どこやらの温泉宿の朝食ビュッフェのような喧噪もありません。とてもゆったりと落ち着いた時間を過ごすことができました。

 レストランの中央部に置かれたテーブルには、何種類ものハムやパン、チーズが並べられています。どれも化学物質無添加のフレッシュなもので、美味しいものばかりです。レース前だというのについつい食べ過ぎてしまいました。

 パンはどれもずっしりとしたもの。「XXXソフト」というような、ふんわり系は一切ありません。噛むほどに味が出る。しかし、噛んでも噛んでもなかなか飲み込めないほどに密度の濃いものばかりです。パートナー女史は、「マラソンの筋肉痛はないけれど、あごが筋肉痛」と嘆くほどです。
 
 特に酸味のある黒パンは、ずっしりと鉛のように重い(笑)。それにレバーゲーゼ(レバーペースト)を付けて頂く。これはもう絶品でした。

 そんな朝食につい時間を忘れてしまいます。パンを何度もしっかりと噛んで食べる。噛むという時間がどうしても必要です。口に入れてふわっと溶けて直ぐのみ込めるような日本パンとはまったく違います。そんな時間が当たり前のように存在する。子供の頃から、そして、長い歴史の中でそんな時間がずっと流れている。それがドイツの時間のようです。

 レースの翌日、レンタカーを借りてドレスデンへ向かいました。行ってみたかった街のひとつです。第二次世界大戦中、連合軍の無差別爆撃にあい、街の80%が消失したといわれています。サグクセン王国の古都で、日本で云えば、京都や奈良のようなところ。バロック時代の豪華で荘厳な建物が建ち並ぶところでした。軍需施設はほとんどなく、歴史的建造物の建ち並ぶ街。終戦間近、この街だけは空襲にあうことはないだろうと、ドイツ各地から多くの難民がこの街に身を寄せていたそうです。そんな街が爆撃され、何万人もの命が奪われたそうです。

 エルベの川岸に建つ王宮や寺院、その大きさと芸術性の高さ。ひとつひとつの建物だけではなく、辺り一帯の街並みに時空を越えたモノや時間へのこだわりを感じます。

 そして、何よりも感動し、実感したのは、我々日本人とは違う歴史のとらえ方です。

 街の中心部に建つ「聖母教会」。荘厳な聖堂は、黒と淡いクリーム色の石のブロックで斑(まだら)に組み上げられています。黒い石のブロックをよく見ると、それは紛れもなく焼けこげたもの。そこに銃弾でえぐられたと思われるくぼみがいくつも見ることができます。
 聞くところによると、がれきの山となっていた教会からひとつひとつ石のブロックを拾い集め、それをもう一度昔の通りくみ上げ、足りないところを新しいもので埋める。そうして再建された建物だそうです。

 この「聖母教会」だけではなく、周辺にある多くの建造物がそのようにして建て直され、改修されてきたそうです。

 広島の原爆ドーム。破壊された当時の姿をそのまま後世に残し歴史の証人とする。一方、このドレスデンでは、破壊と再生をひとつの建物に封じ込め戦争の悲惨さを今に伝えています。それぞれの伝え方があります。

 ベルリンのホテル、ドレスデンの聖母教会。ドイツの時間は、どうも日本とは違った流れ方をしているようです。

2008年10月2日木曜日

ベルリンマラソン 完走記

 ハイレ・ゲブレシラシエが、2時間3分59秒の世界新記録を樹立したコースを一緒に(笑)走ってきました。

 9月28日、ベルリンマラソン。35回目の記念レース。4万人の人たちが、ベルリンの街の中を走る世界でも最大規模のレースのひとつです。

 スタート地点となったティアガルテン公園。号砲と共に一斉に黄色い風船。歓声が上がり、否が応でも興奮が高まります。4万人の大集団がゆっくりと動き出し、レースがスタートしました。

 気温は、10度を割っています。空気も適度に乾燥し、絶好のコンディションです。紅葉も始まっていて、日本でいうところの晩秋の気候でしょうか。夏の山練習、平日の皇居、自分なりの練習は積んできたつもりですが、それが活かせるかどうかは分かりません。ただベストを尽くすのみです。

 大勢のランナーの塊にのみ込まれながらスタート・ゲートをくぐったのがおよそ五分後、いよいよこれからが私にとってのレース本番。時計のスタート・スイッチを押して、気持ちを引き締めました。

 回りのランナーは、みんな図体がでかい!国内レースとはまったく違います。日本人はほとんどいないようで、ドイツ国内や北欧から沢山参加していました。そんなランナー達の合間をかいくぐって、自分のペースを作ることは容易ではありません。それでもなんとか、最初の5Kmは予定のタイムでこなすことができました。

 歴史的な街並みを走る。なかなか経験できることではありません。教会や宮殿などの建物だけではなく、普通に人が暮らす住宅もまた歴史を感じさせる落ち着いた造りをしています。聞くところによると築後100年以上も経った建物を改修して住み続けているところも多いとのこと。大きく育った木々と共に街にどっしりとした風格が感じられます。

 応援もすごかった。人々の歓声とドラム缶太鼓、和太鼓、ジャスの演奏、クラシック、イケイケ・レディやゲイのおねーさん(?)の踊りと歌・・・とにかくうるさいぐらいで気が散りました(笑)!
 
 30Kmまでは、そんなことを考えながら余裕のレース展開。ほぼ予定のタイムを刻んでいました。しかし、30Kmを過ぎた当たりで、右足ふくらはぎにいやな痛み。35Kmを過ぎる頃には、激痛となっていました。ちょうど歴史的建造物カイザーウイルヘルム教会の当たりでしょうか。同時に消耗も激しくなり足が前に出なくなりました。これはまずいと思いつつも、どうしようもありません。

 なんとか最後までは走り通しましたが、結果は不本意なものとなってしまいました。


距離  時間 ラップ
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5 km 0:23:36 0:23:36
10 km 0:47:05 0:23:29
15 km 1:10:27 0:23:22
20 km 1:33:54 0:23:27
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ハーフ 1:39:02
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25 km 1:57:42 0:23:48
30 km 2:21:48 0:24:06
35 km 2:46:49 0:25:01
40 km 3:18:59 0:32:10
ゴール 3:31:18 0:12:19
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 今回は、3時間20分を狙っていました。ご覧のように30Kmあたりまでは、ほぼ予定通りの走りでした。しかし、30Kmを過ぎた当たりで右足ふくらはぎの痛み。最初は我慢できたのですが、次第に激痛に変わり、同時に激しい消耗感。35Kmを過ぎた当たりからは、もうまったく走れなくなってしまいました。

 レース前の水曜日、最後の練習で皇居一周5Kmを20分52秒。今までのベストタイムを更新し、これはいけるかもしれないとの期待を持っていました。しかし、そのとき今回トラブルを引き起こしたふくらはぎに痛みを感じていました。「やっちゃった!」とは思ったのですが、しかたがありません。

 これだけが原因というわけではありませんが、改めてレースにベストを持ってくることの難しさを実感しました。

 しかし、何はともあれ、完走できたことは、何よりです。ここまで来て、棄権なんてもったいないですからね(笑)!


 そして、歴史の重みを感じる街並み。堪能できました。疲れ切った最後、前方にゴールのブランデンブルグ門が見える。ああ、やっとここまでたどり着いたか!これは、ちょっとした感動です。

 ゴールできた瞬間。よくやったよ!とガッツポーズ。結果はともかく、走り抜いた喜びがこみ上げてきました。

 42.195Km。一年前までは、こんな距離を走れるはずがないと思っていましたが、今では距離に驚くことはなくなりました。しかし、時間を狙うとなるとそう簡単なことではありません。体力だけではなく、知力、気力の総合力がなければ目標は達成できません。改めて、そのことを実感しました。

 楽しくもあり、厳しくもあった今回のレース。今後の課題が見えました。次の目標に向けて、また練習です。その繰り返ししかありません。この単純さが、ランニングの楽しみのひとつなのかもしれませんね。

 筋肉痛はほとんどありません。ただ、右ふくらはぎの痛みが治まりません。この痛みを治すことも考えなくてはなりません。練習と治療。うまく両立してゆくことも課題のひとつです。

2008年9月29日月曜日

速報!歴史の街を走る 

 昨日、無事レースを走り終えました。結果は、3:30分。目標は、3:20を目指していましたが、残念ながら不本意な結果となってしまいました。
 35キロ付近までは、ほぼ予定通りのペース。これはいけるかと思いました。しかし、30Kmを過ぎた当たりから足に痛みが・・・。35-40Kmにて右ふくらはぎの肉離れ!激痛でした。痛みをこらえながらのランニングは、つらい!スピードがだせません。それでも何とか完走できました。初めての経験でした。
 レースはいろいろとあります。いい経験でした。次に向けての課題も見えました。これを教訓にしたいと思います。

 さて、走ったレースは、ベルリン・マラソン。優勝は、エチオピアのハイレ・ゲブレシラシエ。2時間3分59秒の世界新記録を達成です。気温も低く、乾いた空気。よく整備された道路と起伏のないコース。なるほど、高速コースといわれる理由が分かります。
 
 多くの歴史的な建造物や落ち着いた街並みの中を走り、異国情緒を満喫できました。詳細は、また改めて、アップしたいと思っています。

 今日は、ベルリン最後の日。クヌートと面会してこようかと思っています。

2008年9月24日水曜日

プロデュース 営業とマラソン

  今週末、今シーズン最初のフルマラソンを走る。練習はした。後は、レースを作戦通りこなすだけだ。興奮してはいけない、調子に乗りすぎてはいけない。その時の気温や湿度、体調などを身体に聞いて、冷静にレース展開を見通さなくてはならない。

 体力は、今更どうにもならない。後は、気力と脳力が勝負を決める。高望みをするつもりはない。練習の成果をそのままレースに発揮すればいい。それだけのことなのだが、簡単なことではないことも分かっているつもりだ。

 この夏は、自分でもよく走ったと思う。真夏の炎天下、皇居、奥武蔵の山中、足柄峠、半蔵門から国立までの帰宅道・・・300キロは走り込んだ。おかげで心肺とスタミナだけは、それなりに鍛えられたようだ。しかし、日本の夏は、蒸し暑い。そのためスピードを追い込むことは十分にはできなかった。長距離は走れても、スピードを出すことができない。自ずとスピードに耐えられる筋肉が鍛えられない。そこが、今回のレースの課題だ。

 「ソリューション営業プロフェッショナル養成講座」で、プロデューサー営業という話をしている。プローデュースとは、仕事全体の流れを把握し、最適なリソース配分を管理することだ。

 この研修では、営業案件をこなして行くためには、今後どのような手順を踏んでクローズに持ち込むか。その展開をあらかじめ予測し、事前に対処する「前始末」型の営業スタイルの大切さとその実践方法をお伝えしている。

 マラソンのレース展開でも同じ話。ゴールするまでの行程はどのようになっているのか。その間にどのような身体の変化が現れるのか。あらかじめそれを予測して対処する。10Km地点ではBCAAとクエン酸のサブリメント、20Kmではカロリー補給のためのゼリー・・・など、身体の変調や負担を少しでも和らげるための万全の策をとる。

 時間配分についても慎重に管理しなければならない。原則は、イーブンペース。1キロを何分で走るかを考える。自己ベストを出した今年3月のレースでは、4分48秒のペースだったが、今回は4分40秒あたりを目標に設定している。と言っても、その時のコンディションしだい。現時点での練習の成果を考えれば、4分55秒くらいがちょうどいいかもしれない。

 たかが8秒と思われるかもしれないが、42.195Kmに換算すると約5分に相当する。前回3時間24分だから、計算通り行けば、3時間20分を切ることができるはず。そんなにうまく行けばいいのだが・・・

 先を予測できれば、確実にレースをコントロールできる。しかし、思わぬ事態が待ち構えているかもしれない。それでも、体力や筋力に余裕があれば、事態を収集できる。

 営業の仕事も同じ。日々の訓練を怠るなかれである。常に意識し、知恵や知識を身につけ、趣味のように製品やお客様について興味を持つ。そして、考える。

 気がつけば、あなたは自分の仕事や製品の専門家となり、お客様以上にお客様の会社や業界について知っている自分に気付くことだろう。あわせて研修でもご紹介している営業活動プロセスを理解する。全体を把握するための準備は万全だ。

 後は、着実にそのプロセスをこなす。冷静に、丁寧に。そんな仕事ができれば、理想なのだが・・・そうありたいと思う。

2008年9月16日火曜日

世の中の当たり前を変えてみたい

 昨日は、定番の練習コース「足柄峠」をパートナー女史とふたりで走ってきました。JR御殿場線の山北駅前にある温泉施設「さくらの湯」をスタートし、ひたすら続く登り13Kmを駆け上がります。足柄峠の手前、万葉公園で折り返し、再び13Kmを下ります。

 曇天。少し湿度は高かったものの気温は低く、標高700m程の峠を駆け抜ける風はひんやりと気持ちよく、走りやすい季節になりました。
 今月末のフルマラソンの大会に備えた練習の一環です。ただ行き当たりばったりではなく、こんな積み重ねが有ればこそ、レースも楽しめるというものです。

 さて、昨今忙しくしていることがあります。ある新規ビジネスの立ち上げです。あまり詳しいことを申し上げるわけには行きませんが、ネットビジネスの世界で、だれもが「それはしかたがないでしょ」と手出しをしてこなかったことに、あえて立ち向かおうと考えています。ちょっとわくわくしています。

 何度も検討を重ね、ああでもない、こうでもないの繰り返しに、ちょっと偏執狂的なこだわり・・・おかげで、これはいけるという確信になりました。

 マラソンもそうですが、何となく練習しているだけでは、数字はついては来ません。何時間何分を切る!という目標、言い換えるなら目標が達成したときの具体的なイメージ(To Be)が有ってこそ、練習も知的に洗練され、走力もそれに向かってついてゆくものです。

 今回のビジネス目標が定まりました。後は、それを実現するためにシナリオをこなしてゆくだけです。もちろん結果が保証されるものではありません。しかし、「なるほど、こんなものがあったらいいなぁと思っていたんだ!」と言っていただける確信は持てました。後は、このTo Be イメージを見失わず、立ちはだかる現実に対処してゆく。それしかありません。

 詳しくは、いずれ紹介させて頂こうと思いますが、ちょっとおもしろいことになりそうです。
 

2008年9月8日月曜日

帰宅ラン 落雷 ビール

 先週は、金曜日、土曜日と研修講師。二日間の立ちっぱなしは、結構疲れました。ただ、それ以上に、研修を受講された方が、「つかれたのは、こっちですよ!」となっていなければいいのですが・・・

 そんなこともあって、土曜日の研修終了後、足は結構むくみ靴下の跡がしっかりと残っていました。しかし、その日は帰宅ランと決めていましたので、弱音を吐くわけには行きません。決行です。

 オフィースのある半蔵門から青梅街道、五日市街道を抜けて、自宅のある国立駅の北口あたりまで地図上では32Kmあります。今月末のフルマラソン・レースにはちょうどいい練習距離です。立ち食いうどんでガソリン補給。ランニング用のバックを背中に、18:30に出発しました。

 気温はそれほど高くはなかったのですが、じめじめとした空気。あっという間に汗が噴き出してきました。

 新宿通りを四ッ谷駅を越えて、新宿方面に。途中から外堀通りに出で歌舞伎町の手前。すごい人混みにとても走れません。歌舞伎町の手前から大ガードまでは、時計を止めて歩くことにしました。

 大ガードを越えて青梅街道。再び、走り出しました。普段あまり走ることのない幹線道路沿いの歩道。走ってみると、これが意外と走りづらいことが分かりました。点字ブロック、マンホールのフタ、横断歩道や車庫の前の傾斜・・・思いのほか、足に負担かがかかって疲れます。最初はいいのですが、後半、意外にこたえてきます。

 補給は、コンビニ、suicaの使えるところと決めて、suicaをすぐ取り出せるウエスト・ポーチにしまって走り出しました。しかし、青梅街道沿い、五日市街道沿いとことごとくセブンイレブン。そうなんです、セブンイレブンは、suicaが使えないんです。時々、suicaが使えるファミマはありましたが、同様に使えるam/pmは皆無。これは、想定外でした。ちょうどいい具合にあった阿佐谷当たりのファミマで補給。しかし、あとはしかたがないのでバックをおろして財布を出して買い物です。 商品の配送効率を考えての出店なのでしょう。思わぬところでコンビニ・ビジネスの戦略の一端を垣間見ることになりました。

 西荻窪から吉祥寺に向かう途中、青梅街道から外れ女子大通りへ。既に新宿を過ぎた当たりから雷鳴が聞こえていたのですが、突然目の前にものすごい閃光と同時にベニヤ板を一気に引き裂くような、バリッバリッ!という大音響。一瞬全身の毛が逆立ちました。少し先に雷が落ちたようです。住人がバラバラと出てきて、ガヤガヤ・・・本当に驚きました。

 雷はずっと鳴っていたのですが、結局雨にふられることなく走ることができました。本当は、身体を冷やしてくれるので少し雨が降ってほしかったですが・・・。

 無事自宅に到着。21:20。3時間を少し切るくらいで帰り着くことができました。休憩も考えると実際の走行時間は、2時間30分~40分。途中、時計の押し間違えで、正確のところが分からなくなってしまいましたが、まあ、こんなところでしょうか。

 シャワーを浴びて、ビールでもと冷蔵庫を開けたのですが・・・ビールがない!ショック!今更、コンビニに買いに行くのももう面倒です。仕方なく炭酸水で渇きを癒やしましたが、寂しい夜になってしまいました。

 「事前にビールは買っておくべし」。この日、帰宅ランで学んだ最大の教訓です。 

2008年8月18日月曜日

ランニング・ハイかもしれません

 曇りのち雨、降水確率は午後30%。そんな天気予報を信じていつもの鎌北湖の駐車場へ。到着するとしっかり雨が降っている。まあ、走れば同じとためらうことなく走り出した。まずはいつも通り顔振峠を目指す。

 標高180mの鎌北湖から520mの顔振峠まで、アップダウンを繰り返しながら11kmの道のり。スタート時点の気温は21度、雨のおかげで身体もクールダウン。おかけで、前週を8分縮める1時間7分で到着した。 茶屋で一息ついて、再び走り出す。次の目標は、標高700mの高山不動だ。およそ5Kmの道のりを32分で走りきった。 雨は相変わらずしっかり降っている。やむ気配はないようだ。途中大きな水たまりを何カ所か飛び越し、苔で滑るところを避けながらの走行。これからますます雨が強くなることも考えられる。下りで疲れてくると、何でもない障害も危険になることが考えられる。ちょっと物足りないが、引き返すことにした。

 いつもよりも短いので消耗も少ない。気温も低いので身体も軽い。おかげで、登りもしっかり背筋を伸ばして走ることができたし、下りは重心を傾斜にあずけて全力疾走。気が付けば、高山不動-顔振峠 22分、顔振峠-鎌北湖 60分と自己ベストを更新していた。距離は短いが、スピード練習にはなったようだ。
 5週間続けての奥武蔵。ばかなことやってるなぁと思う。しかし、やめられない。決まりというか、習慣というか、そんなものになってしました。

 考えてみると、1年半前はまったく走ることができなかった。数百メートルで息が上がり、休み休み2Kmも走れば、しばらくは何もできないくらい疲れ切っていた。そんな身体が、12Kg減量、体脂肪も31%から16%へ激減。45Kmの練習を終えても特にダメージもない。まもなく50歳になろうというのに、僅か1年でこんな身体の変化とは、不思議だ。いままで何を怠けていたのだろうかと思う。

 何が楽しいのですかと聞かれることがある。メタボ対策ですかなどと時流の話題に振る人もいる。しかし、体重や体脂肪は、決して目指したものではない。気が付けば減っていた。じゃあ何が楽しいのか・・・よくわからない。ただ、走り終えた後の気持ち良さは、格別だ。一度このうまみを味わうことができたら、間違えなくはまってしまうだろう。しかも、その気持ちよさは間違えなく距離に比例する。だからついつい長距離を走ってしまうのだろう。

 しかし、そう思えるようになるまでにはどうしても越えなければならない壁がある。足の故障だ。足首や膝の痛み、座骨神経痛・・・私だけではないようだ。原因は、体重過多と筋力不足。

 筋力付けたいから走る->走ると体重が減る->足のトラブル->走れない->筋力が衰え体重が増える・・・

 この悪循環に陥らないためには、痛くても騙しだまし走るしかない。その間、3ヶ月から半年。ある時、嘘のように痛みが消えてしまった。今では、足の故障はほとんど気にならなくなった。

 次のレースのタイムはどうしよう。つぎはどれくらいの距離を走ろうか・・・だれと競うわけではなく、自分なりに目標を設定しチャレンジできるエンターテイメント。そんなところがやめられない本当の理由かもしれない。

2008年8月10日日曜日

再び奥武蔵へ

 今週もまた奥武蔵を走ってきました。

 45Kmは、3週連続。22Kmも含めれば、4週連続の奥武蔵です。なぜそんなことやっているのとよく聞かれますが、まずは炎天下の街中を走りたくないということ。木々に覆われた山の中は、街中とはまったく違います。朝靄の中、森や土の匂い、尾根道の裾を駆け上がる涼風・・・別世界です。

 では、なぜ45Kmも走るのですかと言うことですが・・・これは、謎です。貧乏根性なのでしょうか、ここまで来たからには、短い距離で帰るのはもったいないとも思います。夏ですから、秋のレースに備えて身体を絞っておきたいという気持ちもあります。事実、この3週間で3Kg落ちました。しかし、そんなことよりも何よりも、森の力だと思います。スタート地点へ向かう車中では、今日は調子を見ながら場合によっては途中で引き返してこようなどと考えているのですが、気が付けば結局は走ってしまうのです。

 今回は、ランニング仲間3人と走りました。サブ3(フルマラソンを3時間未満で走る人)の落合さん、スポーツ大好きレディのすずきさん、身体を絞りたいがきっかけで走り始めた新前主婦のよこやまさんです。みんなお馬鹿な連中です。

 ひとりで走るのも楽しいですが、こうやってみんなで走るのもまた楽しいものです。こんなことを楽しめる特殊人種の集まりです。休憩場所での会話もついつい弾みます。

 さすがに、3週目ともなると走り方のコツもつかめてきました。最初に比べれば楽に走れるようになりました。タイムも確実に短くなっています。ただ、最後の顔振峠から鎌北湖までの11Kmでガス欠になりました。顔振峠でコーラをのみ、カロリー補給OKと思ったのですが、途中の登りでへばってしまいました。いつもなら、顔振峠でカロリー補給のためのジェルを飲むのですが、今日はそれをしなかったのが敗因です。それでも、下りの足は、できてきたようです。最後の下りもスピードを出すことができました。
 下り足の筋肉は、腿の前の筋肉です。着地筋とも言われ、フルマラソンなどの長距離ではここのダメージが最後の粘りを奪います。そこができてきたということ。いい傾向です。

 涼しいとはいえ、夏です。水は沢山飲みました。背中に積んだタンクに2リットル、途中売店で2.5リットル。休憩も含めたおよそ5時間で4.5リットルを飲みました。

 走り終わって、近くの温泉施設「おごせ ゆーぱーく」で汗を流しました。温泉にゆっくりつかって、リラックス、強力ジャグジーで足の裏をマッサージ、ほんとうに気持ちが良かった!

 さて、来週はどうしましょうか・・・

2008年8月5日火曜日

走り始めたきっかけ

 この3週間、毎週休日に埼玉県・奥武蔵の林道を走っています。うち2回は、アップダウンを繰り返す45Kmを5時間くらいかけて走りました。暑い市街地を走るのがいやだということ、なんとか夏の間に体重を絞り、スタミナをつけて秋のレース・シーズンに備えたいというのが理由です。考えてみれば、こんなにもよく走れるようになったものだと自分でも驚いています。

 走り始めたきっかけは、極めて不健全なものです。我がパートナーが、「デブは嫌い」と言ったのがきっかけ。当時、身長168cmの私は、体重:77Kg、体脂肪率:31%もありました。自他共に認めるデブでした。

 最初は嫌々です。とにかく、彼女の手前、着替えて走り出しますが、数百メートル走っては休み、またちょっと走っては休みの繰り返し。あとは、走った振りをするためにダラダラと当たりで時間つぶして、家へ帰るというランニングです。とにかく、走ることがいやでいやでしかたがありませんでした。

 そんなある日のことです。「足柄峠の練習会、申し込んでおいたわよ!」・・・なんですかそれ?実は、彼女は、マラソン・コーチの岩本さんにランニングのプライベート・レッスンを受けていたのですが、彼が主宰するMY☆STARというランニングチームの練習会に参加しようというもの。聞くと、神奈川県の山北から足柄峠までの登り片道13Kmを駆け上り、同じ道をおりて来るという地獄の特訓です。当然ながら拒否。足が痛い、ちょっと風邪気味、ここのところ仕事が忙しく寝不足気味・・・しかし、「そ~、行かないのね(毅然)!」と言われると、軟弱にも「まあ、いいけど」。

 ついにその日が来ました。忘れもしません、2007年2月26日。新宿に集まったおよそ50人がバスに乗って目的地へ。それは、もう地獄でした。それまでの私の最長不倒ランニング距離は、だらだら走りでせいぜい3Kmです。それが一気に26Km、しかも最大斜度15%の坂道を登って下るという練習です。

 本当につらかった!このまま走りと切れるだろうかという不安と経験したことのない消耗感。当然ダントツの最終ランナーです。およそ4時間。よく耐え抜いたと思います。

 しかし、それがまさにきっかけでした。初心者の女性達にも追いつかず最終ランナーという屈辱。一方でおそいながらも26Km走った(否、歩いた)という事実は、ちょっと自信になりました。ただ、その日からしばらくは、かつて経験のない激しい筋肉痛に苦しんだことも忘れられない出来事です。

 「なんとか、走れるようになりたい。」気持ちに火がつきました。自分の意志で走り始めたのはそれがきっかけでした。まじめに走り始めると、いろいろなところに不具合が出るものです。膝やくるぶしの痛み、筋肉痛の連続です。しばらくは足を引きずる毎日が続きました。スポーツ鍼灸師のアドバイスで、筋肉を付けることだと教えられ我慢の日々です。また、岩本コーチの正しい走り方のアドバイスのおかげで、そんな状態にもかかわらず無理せず走り続けることができました。

 走りはじめて1年。体重は激減し77Kgが65Kg、体脂肪は、31%が16%まで落ちました。あの4時間かかった足柄峠も2時間15分以内で走れるようになりました。今ではそれだけ走っても筋肉痛はほとんどありません。フルマラソンにもチャレンジしました。そして、ちょうど1年後のレースで3時間24分3秒。現段階での自己ベストです。

 だんだん走れるようになるとついつい欲が出てしまいます。もうこの年ですから高望みはしませんが、少しずつでも自己ベストを更新したいという気持ちは、練習をする上で大きな励みになっています。

 しばらくは、フルマラソンのタイム更新が目標です。さて、どこまで追い込めるか・・・自分に課した目標をクリアする。楽しい趣味の世界を手に入れたものだと思っています。

2008年7月7日月曜日

[号外] 24時間走 応援記

 友人であり、ランニング練習のサポートをしてくれているマック鈴木さん(名前はマックですが生粋の東北人です)が、7月5日の午前9時から翌6日の同じ時間にかけて神宮外苑で行われる「24時間走」に出場するというので応援に行ってきました。

 「24時間走」という競技は、その名前の通り、ひとりのランナーが延々と24時間走り続ける競技です。神宮外苑の一周1.3Kmをぐるぐると走り続けます。そして時間内に走りきった距離で勝敗がきまります。今年の優勝者は、250Kmほど走ったようです(正式の大会記録がまだでていません)。東京から浜松までの距離に匹敵します。
 まあ、非常識の極みとでも言える競技ですが、応援しているうちに走っている人たちの気迫に気圧され、気がつけば次の朝まで会場にとどまってしまいました。

 走っている人は、男女合わせて50人ほど。周回コースで応援し、何度も同じ顔を見ていると、はじめて顔を合わせた人の名前も覚え、いつの間にか仲間意識が生まれ、昔からの知り合いのような気持ちになるのは不思議です。

 彼ら彼女らのひたむきな姿、限界に挑む真摯な姿勢。普段見ることのない人間の極限に挑む姿に感動しないはずはありません。誰を勝たせたいとかを越えて、がんばれー!と声をかけていました。

 だいたい、陸上生物のなかで休まず24時間も移動するモノがいるでしょうか。生物学的な欲求ではなく、純粋に限界を極めたいという、ただそれだけのために彼らは走っているのです。そんな姿に、気高さと気品を見たのは、私だけではないと思います。

 左の写真は、サポートの梶さんとマック鈴木さんとの2ショット。24時間走り終えた瞬間の写真です。
 マック鈴木さんは、およそ220Kmを走りきりました。総合4位です。結果については、彼なりの思いがあるようですが、すばらしい結果です。お疲れ様、そして、ほんとうにありがとう!

 残念ながら、この真剣勝負は一切マスメディアに取り上げられることはありません。実は、日本は国際大会に出場しては、個人でも団体でも毎年優勝や入賞を果たしています。世界でもトップの実力を持っているのです。しかし、メディア的には儲からないのでしょうね。確かに、24時間テレビ放送し続けることはできませんし、派手なデッドヒートもありません。

 民放の「24時間テレビ」で、タレントが24時間走にチャレンジしています。私は、挑戦する個人の真摯な取り組みには、心から敬意を表します。しかし、残念ながら素人のチャレンジです。オリンピックのマラソン競技と私のフルマラソンへの挑戦ぐらいにまったく違う世界がそこにはあります。
 トッププランナーは、24時間、休憩することはありません。食事や給水も走りながらです。その迫力あるおもしろさは、テレビで取り上げてもきっと多くの人に感動を与えるはずです。ヨーロッパや台湾では国営放送の中継や新聞での結果発表は当たり前に行われており、一般の人たちの認知度も相当高いと聞いています。きっと私が感じたと同じように、一流選手のハイレベルな挑戦に本物の気迫と輝きを感じる、そんな精神の高さがあるのだと思います。

 日本のマスコミももうすこし本物を紹介する力を持ってもらいたいものです。

 このレースは、走っている選手だけではなくサポーターも真剣勝負です。周回毎に、水や食事、サプリメントなどを補給します。かれらが走りながらでも食べやすいように、そうめんを小さく切ったり、おかゆを作ったりと、真剣勝負です。また、消耗の具合を見ながら適宜補給するモノの内容を工夫してゆきます。選手とサポートの連携プレイがあってこその結果です。
  本当にすばらしい体験でした。感動しました。みなさんに「ありがとう」と申し上げたい気持ちでいっぱいです。