2013年2月23日土曜日

モバイルという非常識、いま何が変わろうとしているのか


AndroidiOS、ビジネスではどちらが主流になるでしょうか?」

ITトレンドの講義をしていると、こんな質問を頂くことがあります。開発やサービスを提供する立場からすると、これは切実な問題だろうと思います。

しかし、こういう議論以前に、「モバイル」とは、どのような変化をもたらそうとしているのでしょうか。私は、その本質を問うことが、先ではないかと思っています。

確かに手段をどうするかは、考えなくてはならないことです。しかし、まずは、どのようなニーズが生まれようとしているかを知ることが先ではないでしょうか。その上で、求められる機能を明らかにし、実現する手段を選択する。それが、物事を考える道理です。

例えば、はさみの使い方を知っていても、切るものをしらなければ、何の役にも立ちません。あるいは、ただ言われるがままに、「これを切ってください」に応えるだけで、いいのでしょうか。これでは、自ら新しいビジネスを開拓してゆくことなどできないでしょう。

では、「モバイル」がもたらす変化とは、どういうものなのでしょうか。ITインフラの歴史を振り返りながら、今日は、このテーマについて考えてみました。

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Mobile First Cloud First を意味する。』

これは、IBMモバイル・ファースト宣言です。私は、この意味を理解することが、「モバイル」がもたらす変化の本質を理解することにつながるだろうと思っています。

下のチャートをご覧ください。これは、ITインフラの過去と未来を一枚のチャートにまとめたものです。



1964年、IBMSystem/360という汎用コンピューター、すなわちメインフレームを世に出しました。この出来事が、コンピューターのビジネス利用を拡大させるきっかけとなりました。

System/360以前のコンピューターは、業務個別にコンピューターが用意されていました。しかも、仕様はバラバラで非公開、そのためプログラムにもデバイスにも、互換性はありません。また、マルチタスクでもなく、企業がコンピューターを使うためには、複数のコンピューターが必要でした。これは、使う側にとっては、大きな負担でした。また、同時にメーカー側のコストも高いものになっていました。そのため、コンピューターを使える企業はごく限られていたのです。

System/360は、このようなコンピューターが抱えていた課題を一気に解決するものだったのです。

一台のコンピューターで技術計算も事務計算もできます。そして、バッチもオンラインにも対応しました。そのため汎用機とも言われたのです。また、マルチタスクが可能でした。さらに、アーキテクチャーと言われる「標準化された技術仕様」を公開し、だれもがそれを見ることができるようにしたのです。

その結果、同じアーキテクチャーで作られたSystem/360ファミリーであれば、機種を問わず、ソフトウェアと接続できるデバイスの互換性を保証したのです。

これによって、多くの企業がプログラムを開発でき、やがてはパッケージ・プログラムへと発展してゆきました。また、System/360につながるデバイスをIBM以外の企業が作ることができるようになりました。また、このアーキテクチャーに準拠した互換コンピューターも出現しました。

このようなエコシステムが形成され、企業間の切磋琢磨が繰り広げられた結果、適用範囲が広がり、コストパフォーマンス大きく改善していったのです。それがまた、コンピューターの需要を拡大してゆきました。

コンピューターが普及する以前、業務は伝票の受け渡しによって、成り立っていました。これをプログラムに置き換え、情報システムとすることで、業務の生産性が大きく改善していったのです。結果として、メインフレームへの情報システムの集中化がすすみました。

情報システム化の需要はますます高まったのですが、今度は、開発できるエンジニアが需要に追いつきません。情報システム部門に要望が集中してしまい、バックログは溜まる一方です。そのため、ユーザー部門からの不満も高まり始めていました。

1978年、DEC社がVAX11/780というコンピューターを世に出しました。このコンピューターは処理能力あたりの価格が、メインフレームよりも遥かに安く、しかも小型でした。これが火付け役となって、小型・低価格な様々なコンピューターが出現したのです。

ユーザーは、情報システム部門に頼っていては、いつまでたってもこちらの需要を満たしてくれない不満から、独自に部門コンピューターを導入する選択をしました。これによって、コンピューターの分散化と部分最適なシステムが乱立することになったのです。

コンピューターの取得単価はどんどん安くなり、だれもが簡単に買える時代を迎えました。その結果、膨大な数のコンピューターが企業内に導入されるようになったのです。

しかし、その結果、大量のコンピューターの運用管理、保守やバージョンアップ、トラブル対応、セキュリティ、データ互換性の確保など、コンピューターを所有することに伴うコスト(TCO)が著しく上昇することになったのです。ついには、情報システム部門の予算の実に7割がTCO負担と言われるまでになってしまったのです。

そんな課題を解決できるのではという期待から、クラウドへの注目が集まっているのです。

ITインフラをクラウドに預けることで、リソースの調達や変更、運用管理の負担を減らしたい。また、企業を越えた共同利用により、一企業あたりの負担を減らしたい。また、企業の独自性が乏しい電子メールや経費精算などのアプリケーションも自ら導入するのではなくクラウドを利用して、運用管理の負担を減らしたい。そんなニーズの受け皿として、今クラウドの普及は急速に拡大しています。

また、以前は、コンピューター・リソースを使うには、そのための機器を購入し、そのためのエンジニアを雇用しなければなりませんでした。それがクラウドによって低料金で、しかも従量課金で利用できるようになりました。そのため、ITベンチャーのスタートアップ・コストが大幅に下がりました。そして、実に多くの実験的、そして、これまでの常識を覆すようなITビジネスが立ち上がり、イノベーションが加速されることになりました。

Apple社がiPhoneを出したのは、このようなクラウドへの関心が高まり始めた2007年です。iPhoneはこれまでの携帯電話とは異なり、インターネットと接続し、電子メールのやり取りやフル機能のWebブラウザーを利用することができました。つまりクラウド利用を日常化したのです。

iPhoneをきっかけに各社がスマートフォンを発売、市場が大きく拡大し始めたのです。その後、2010年に発売されたタブレット・デバイスiPadの成功を受けて、各社も同様の製品を発売し始めたのです。

その後、それらのデバイスは、3GLTEなどの高速通信に対応し、インターネットとの親和性を高めていったのです。

IDCの予測では、2016年にはスマートフォンの出荷台数は14億台、タブレットは3億台となり、PC4億台をはるかにしのぐ台数になろうとしています。

スマートフォンやタブレットなどの日常持ち歩くモバイル・デバイスは、常時接続でインターネットに接続しています。また、その上で動くアプリは、インターネットを介し、クラウド上のバックエンド・サービスと連携することで、様々な機能を提供しています。

つまり、モバイル・デバイスは、デバイス本体の機能や性能の限界を超え、クラウドが提供する膨大なバックグランド・リソースと一体となって、サービスを提供するように進化してきたのです。

また、モバイル・デバイスによって、位置情報や動作などの様々な情報を本人が意図しなくとも、インターネットを介してやり取りされるようになりました。これによって、膨大な行動データ=ビッグ・データがクラウドにもたらされるようになったのです。 

また、BaaS(Background as a Service)MEAP(Mobile Enterprise Application Platform)といったサービスを利用することで、モバイルとクラウドとの連携アプリケーションの開発が容易になり、両者の一体化が、さらに進化しようとしています。

Facebookなどソーシャル・メディアの利用は、モバイル・デバイスの普及で一層拡大しています。その結果、これまでは、リアルは実名、ネットは匿名という常識が崩れはじめています。

Amazonや楽天など、ECサービスをモバイルで利用するシーンも拡大しています。例えば、テレビを見ながら、そこに映し出された商品をスマートフォンで即座に注文する。リアル店舗で商品を確認し、価格ドットコムで安いところを探しモバイル・デバイスから注文する。リアル店舗にとっては、迷惑な話ですが、そんなことも日常化しています。

このように、モバイル・デバイスなどのポストPCとクラウドとの連携は、いっそう加速してゆくことなります。これが、先に紹介したIBMのモバイル・ファースト宣言、『 Mobile First Cloud First を意味する。』の意図するところなのです。

さらに、ポストPCの先には、IoT(Internet of Things)が控えています。PCやスマートフォン、タブレットだけではなく、多種多様なものがネットワーク化される世界の出現です。

つまり、自動車や家電製品が、インターネットにつながる世界です。特に、自動車は、スマートフォン、タブレットに続くモバイル・デバイスとして期待されているのです。

リアルとネットの融合、そして、情報システムの日常化は、今後ますます進化してゆくことになります。

このような世界は、もはやITインフラと呼ぶことはふさわしくないかもしれません。ITと日常の融合がいっそう進むことで、ITインフラは、ソーシャル・インフラへと進化を遂げることになるでしょう。

では、この進化は、どのような変化をもたらすことになるのでしょうか。下のチャートをご覧ください。


  • ネットにつながるデバイスの種類が増える、
  • 機能だけを充足したUIでは不十分で使いやすさや使うことが楽しいといった経験をも満たしてくれるUXへの対応が求められる
  • ネットワークへのアクセスの手段が多様化し高速化する


などの変化がおこることになるでしょう。しかし、これは表面的な変化にすぎません。むしろ、このような表面的な変化によってもたらされる本質的な変化に着目すべきです。すなわち、

  • 仕事の仕方やライフスタイルが変わる
  • ネットが実名となり、タイムラインで離れていてもその人の行動や考えがリアルタイムでわかるようになり人との関わり方が変わる
  • 結果として、様々な物事の判断基準や価値観が変わる


などの変化がおこることになります。私たちが、これからのビジネスを考えるときに、まず着目すべきはこの本質的変化です。

もちろん表面的な変化に対処することが、実務上求められることになるでしょう。しかし、それは、本質的な変化に対応するための手段にすぎません。つまり、ビジネスのデマンドは、この本質的な変化から生まれてくるのです。

ユーザーが何を求め、どうしたいのか、それはこの本質的変化を見極めることから始めなくてはなりません。新たなビジネスを開拓し、マーケットでのイニシアティブをとってゆくためには、この変化に対応したビジネスを見いだしてゆかなくてはなりません。

冒頭のAndroidiOSかの議論は、表面的な変化についての議論です。確かに、委託や請負をこれからもビジネスの柱としてゆこうというのなら、確かに重要なことです。しかし、自らがビジネスを切り開き、新たなビジネスの柱を打ち立てようとするのならば、それ以前に議論すべきは、この本質的な変化への対応でしょう。

これまでの常識が変わろうとしています。つまり、これからのビジネスは、これまでの延長線上には存在しないのです。今まさにパラダイム・シフトがおころうとしているのです。

そんな視点で、モバイルとクラウドをとらえてみてはいかがでしょうか。


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