2012年11月24日土曜日

人材が育たない・心の有り様を忘れた人材育成

「これまでは営業力なんて気にしなくても仕事はそれなりに回っていました。しかし、もうそんな時代ではありません。なんとか優秀な営業を早く育てたいんです。」

こんな相談を受けることがあります。しかし、数日の研修でそれができるわけもなく、二つ返事でお引きするというわけにはゆきません。

営業に限ったことではありませんが、優秀な人材を育てるには、まずはその環境を作ることからはじめなくてはならないと、私は考えています。

具体的には、「優秀な人材の採用」、「チャレンジさせる勇気」、「意欲のマネージメント」の3つが、人材育成を支える根底になくてはならないと思っています。

「優秀な人材の採用」が人材育成の起点であるかとは、論を待たないでしょう。残念ながら、「優秀じゃない人材」は、なかなか育たないのです。ならば、「育てれば育つ人間」をはじめから採用することが、人材育成の基本ということになります。

人材育成の視点から見た「優秀な人材」とは、「学習することを楽しいと感じることができる人材」と定義することがだきます。

スタンフォード大学の心理学者であるキャロル・S・ドゥエックは、人間には、「固定的知能観」か「拡張的知能観」かの、いずれかの心の有り様があり、それによって、その人の能力は決まってしまうというと主張しています。

固定的知能感(fixed-mindset)の持ち主とは、自分の能力は固定的で、もう変わらないと信じている人です。彼等は、自分の能力はこの程度だから、努力しても無駄だとみなします。また、自分が他人からどう評価されるかが気になり、新しいことを学ぶことから逃げてしまう心の有り様の持ち主です。彼等が学ぶのは、それが自分にとって利益になる場合です。つまり、これを知らなければ仕事がこなせない、収入が減るなどの場合です。

一方、拡張的知能感 (Growth-mindset)の持ち主とは、自分の能力は拡張可能であると信じている人です。彼等は、人間の能力は努力次第で伸ばすことができると信じ、たとえ難しい課題であっても、学ぶことに挑戦する心の有り様の持ち主です。彼等は、好奇心旺盛に自らテーマを作り、学ぶこと自体を楽しむことができます。

 このような、「自分の能力や知能についての心の有り様」=「知能観(Mindset)」が、学習についての意欲を左右し、能力の獲得や育成に大きな影響を与えるという考え方です。

「これまで経験したことのない仕事だけど、チャレンジしてみませんか?」という問いかけに、「私には無理だと思います」、「自分はそういうことはあまり得意じゃないんで・・・」という答えが返ってきたとしたら、これは固定的知能感に支配されているか、あるいはそちらに偏っていると考えることができます。

また、「なんでこんな研修を受けなきゃならないんだ、役に立たないよ」、「どうせやっても無駄ですから」などと考えてしまう心の有り様こそ、固定的知能感と言えます。

ベテランの方のなかには、「もう自分はこれでいいんだ・・・」、あるいは、「自分のやり方を今更変えようとは思わない」など、豪語する方もいらっしゃいますが、これなども固定的知能感に支配されていると言えるでしょう。

時間をかけて専門的な知識や能力を身につけても、新しいことに興味を持てなくなったとき、その人の成長は止まったと考えることができます。つまり、固定的知能感を持つようなったとき、それ以上の成長は期待できない・・・残念なことではありますが・・・。

採用の段階で、このような質問を投げかけ、同じような答えが返ってくるとすれば、これは採用に慎重にならざるを得ません。その人を成長させることには、相当な労力をかけることになるでしょう。あるいは、徒労に終わるかもしれません。だからこそ、「優秀な人材の採用」が人材育成をすすめる上での起点となるのです。

「もう採用してしまった人材を今更入れ替えるにはゆきませんよ・・・」そういう反論も返ってきそうですが、確かにその通りです。

そこで、次に取るべき態度が、「チャレンジ」させることであり、それを奨励し、失敗を受け入れる環境を作ることだと思います。

失敗を恐れるあまり、決まり切ったことしかやらせないとすれば、当然、本人は、最低限の能力獲得にしか意欲を持たないでしよう。「これで十分」と考えることこそ、固定的知能感そのものです。

本質的には、拡張的知能感の持ち主であっても、仕事の現場では、固定的知能感の持ち主として振る舞う。そんなこともあるかもしれません。

「チャレンジさせる勇気」、そして、それを奨励し、失敗に対しても真摯に向き合い、解決策を共に考えてゆく。そんな、組織のメンタリティがあれば、新しいことを学ぼうとする意欲が育まれます。そして、成功体験を通じて、そこに成長の喜びが生まれます。そんなサイクルを回すことが、「意欲のマネージメント」です。

「この技能が不足しているから、こういうことを学ばせよう。そのためにはどのような研修プログラムを組み立てればいいだろうか?」

人材育成を考えるとき、このような議論がよく行われます。それはそれとして、大切なことではあるのですが、これだけでは不十分です。

むしろ、「学習に対する心の有り様」をどのように育んでゆくのかを考えるべきでしょう。それがあって、はじめてツールである研修は、効果を発揮します。

「啐琢同時」ということばがあります。これは、雛が卵から生まれようとするとき、雛は殻の内側から卵の殻をつついて外に出ようとします。これを「啐」といいます。そのとき、親鳥もまた同時に外側から卵の殻を破るためにつつきはじめます。これを「琢」といいます。この親鳥と雛が、同時に殻をつつき合うことで、雛は生まれることができるという禅のたとえ話です。

研修だけではなく、心の有り様を育てる。人材の育成とは、まさに「啐琢同時」でなくてはなりません。

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