2012年2月18日土曜日

営業 as 移動式パンフレット・ラック

【営業】 「新しい製品を発売することになりまして、ご説明に伺いたいのですが、お時間をいだけないでしょうか?」

【顧客】 「ありがとう。でも製品の説明なら資料をPDFで送っておいてよ。見ておくから・・・」

パンフレットやWebページで製品やサービスについて知らせることと、営業が直接お客様に話しをするのとでは、何が違うのでしょうか?

ある情報システム部門での出来事です。新しいサービスについて紹介したいという営業さんの話につきあってくれと頼まれ、情報システム部長に同席して話を聞くことになりました。

その営業さんは、名刺交換や型どおりの挨拶を済ますと、自分たちの会社のこと、製品のこと、サービスのことを紹介してくれました。簡単なデモを交えた20分ほどの説明は、なかなかわかりやすく実績もしっかりしているようで、ものとしては悪くはないなといった印象を持ちました。

一通りの説明を終えた彼は、「いかがでしょうか?このようなサービスにご興味をお持ちでしょうか ? 」と切り出しました。

話を聞いていた情報システム部長は次のように回答しました。

「なかなか良さそうだけれども、うちには使えそうにないね。」とにべもない回答。一瞬、その営業さんの落胆が伝わってきました。

しかし、流石にベテランの営業さんです。ならばこんなサービスもあります、こんな製品も取り扱っているのですがいかがでしょうとパンフレットを取り出し、なにか引っかかってくれそうなものは無いかと話を始めました。

しばらくして、情報システム部長は最後を次のように締めくくりました。

「パンフレットは見ておくよ。今日は、ありがとう。」

達成感のなさとでも言うべきでしょうか。時間を無駄にしたなぁという気持ちがこみ上げてきました。また、この営業さんのセンスのなさに、なんともがっかりしてしまいました。

この営業さんは、人当たりもよく、説明も丁寧でわかりやすいものでした。場慣れしていることもあるのでしょうが、物怖じすることもなく、堂々とした説明は、なかなか好感の持てるものでした。しかし、決定的に欠けていたのは、彼の話になんの「びっくり」も無かったことです。

情報の価値は、相手が知らななったことをどれだけ伝えられるかにあります。情報理論では、ある人がその情報を知ったことによって、それ以降の行動がどのように変化したか。その変化の比率をもって情報量(=情報の価値)と定義しています。つまり、情報量が多いとは、言葉の数や資料の厚さではなく、その情報が相手に与える「びっくり」の強度と言い換えてもいいかもしれません。

「ぴっくり」は、相手の予期せぬこと、期待していなかったことを提供することですが、その前提として、それが相手の必要を満たしてくれなければなりません。

つまり、コストを削減したいという相手に、世界最速のコンピューターの話しをしても、興味深い話しとは思えても「びっくり」にはならないでしょう。ましてや、「ならばこのコンピューターを買いましょう」という行動を、この情報によって引き出すことはできません。

しかし、「クラウドを利用することで、コストを現行の1/10にできるかもしれません」という情報を伝えたらどうでしょう。相手は、せいぜい二割、三割のコスト削減を期待していたとすれば、これはもう「びっくり」です。是非話を聞かせて欲しいというように、相手は自らの行動を変えることに積極的になるはずです。

つまり、相手が何を期待しているのかを知らず、ただ一方的に物量としての情報を与えてもしかたがありません。それが相手の期待の方向になければ、なんの価値もないことになります。それを確認しないままに、こちらのもっている情報を絨毯爆撃のように与え、偶然にも重要施設に当たってくれれば儲けものです。しかし、このような偶然を期待するアプローチでは、相手は疲れ、感度も鈍くなります。仮に役立つ情報があっても見過ごしてしまうでしょう。このようなやり方で営業効率が上がるはずはないのです。 

件の営業さんのセンスのなさとは、まさにここにあるように思います。つまり、「自分の持っている情報を相手に伝えることが仕事」という意識ではなかったのでしょうか。説明もわかりやすい。しかし、これは手段であって目的ではありません。目的は、相手の行動を変化させることです。つまり、検討する、購入するという行動に結びついて始めてその営業さんは役割を果たしたことになるはずです。

そのためには、一にも二にも、相手が何に困り、何を期待しているかを確認することから始めなくてはなりません。それも、「何かありませんか?」ではなく「こういうことはありませんか?」と具体的な事例やありそうなケースを示して、相手からイエスかノーの確認を引き出すことです。そのためには、相手についての事前の情報収集と「仮説としての相手の期待」を自分なりに用意しておくことです。

そして、そこで確認した相手の期待に応えるようにカスタマイズして情報を提供しない限り、また、その期待を越えるものでない限り、相手の「びっくり」を引き出すことは決してできません。

かれは、このもっとも基本的な行動を取らなかったのです。

「パンフレットやWebページで製品やサービスについて知らせることと、営業が直接話しをするのとでは、何が違うのでしょうか?」

この最初の質問への回答は、「お客様にあわせた情報提供のカスタマイズができるかできないかの違い」です。

お客様の個別の期待を正確に聞き取ることは、人間でなければできないことです。そして、情報の物量ではなく、その期待に沿って「びっくり」の強度を最大化できる情報を提供すること。そのカスタマイズ力こそ、営業がお客様に説明することの価値ではないかと思うのです。

たくさんのパンフレットをクリアホルダーに詰め込み、どんな話しにも対応できるように準備していることを自慢する営業さんもいます。それはそれで立派な心構えかもしれません。しかし、その前提として、お客様の期待を確認できること、そして、それにあわせて、それぞれのお客様に最適化された情報の組み合わせを提供できないのであれば、営業がわざわざ出かけていって、お客様に説明する価値はありません。

自分の伝えたいことだけを伝える、持っているパンフレットを消費する、そのことにしか関心がないようであれば、それはもはや移動式パンフレット・ラックでしかないのです。



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